執筆者:今井 貴昌
日本獣医生命科学大学卒。地方の動物病院と都内のグループ動物病院で数年 ...プロフィールをもっと見る
犬は人間にとって、非常に相性の良いパートナーとなってくれます。落ち込んでしまったときにも嬉しいときにも近くに寄り添ってくれ、感情を共有できる生き物です。
現在は単独飼育をしているけれど、もう一頭新しく迎え入れたいと考える方は多いでしょう。しかし、「先住犬とケンカをしないか」「飼育費用や手間がかかりそう」など、多頭飼育にはさまざまな不安や疑問がつきまといます。
この記事では、臨床獣医師目線で多頭飼いの方法やメリット・デメリット、注意点について解説します。これから多頭飼育を考えている方は、ぜひ参考にしてください。
犬の起源
そもそも犬は、その起源がオオカミであるとされ、約100万年前に出現したと言われています。
犬が家畜化されるようになったのは約6,000年前からです。
順位付けの考え
ペットとして飼育されるようになってからも本能は残っており、群れの習性があることはみなさんもご存知でしょう。
そのなかでも、「リーダー論」という順位付けの考え方が、かつては広く浸透していました。
※リーダー論とは?
犬の祖先であるオオカミの群れ生活からヒントを得て、犬のリーダー(上位の犬)の行動を人間が真似ることで犬を従わせるというトレーニング理論
しかし、最近になってようやく、かつてのリーダー論が誤っているという認識が拡がってきています。
そんな太古の昔の祖先であるオオカミと、完全にペット化した犬を同様に考えること自体疑問ですよね。
たとえば、「人間より先に食べてはいけない」「同じベッドで寝てはいけない」などは迷信です。
獣医行動学においても、「かつてのリーダー論」の誤りを指摘されており、我々獣医師も十分に気をつけなくてはならないと考えています。
ただし、人間の気持ちが犬に100%伝わらないのと同様に、犬の気持ちを100%理解することはできません。
大切なことは、犬にとって私たち人間が、正しく共存できる方法を教えてあげられるような「リーダー」になることだと自分は考えています。
犬の社会化
少し話が逸れてしまいましたが、犬を新しく迎える場合、犬の社会化がキーワードとなります。
犬の社会化とは、家族以外の人や動物に出会った際、迷惑をかけないように振る舞えることを目標に、さまざまな社会的状況に慣れて必要な感覚や行動パターンを学習していく過程です。
犬の社会化は、12週齢になるまでの子犬のうちに行うのが理想です。この時期にできるだけ多くの新しい経験をさせることが、社会化の第一歩となります。
しかし、保護犬の場合には、成犬から迎え入れることもあることでしょう。
また保護犬のほとんどが飼い主の都合による飼育放棄であるため、犬は身体的あるいは精神的に傷付いていることが多くみられます。
対策については後述しますが、保護犬の場合には子犬よりも迎え入れるハードルが高い傾向があります。
多頭飼いのためのルール
では、新たに犬を迎え入れる際には、どのような点に注意すべきなのでしょうか。4つのポイントをご紹介します。
先住犬との相性
これは飼い主さんにとって、もっとも気になるところかと思います。
飼ってみないと分からないのが実際ですが、どの年齢の後住犬を迎えるとしても「馴化」が大切です。
馴化とは、文字のとおり徐々に慣れさせていくことです。
まずは先住犬の年齢や犬種・性格を考慮したうえで、後住犬を選択する必要があります。
以前、先住犬とケンカをし、顎の骨を折ってしまう大事故を起こしてしまった例もありました。
最初はそれぞれ部屋を分け、少しずつお互いを認識させていきましょう。
先住犬にとって、自分の日常に新しく入ってくる後住犬はかなりのストレスとなり得ます。先住犬の気持ちをきちんと考慮し、多頭飼いに向いているかどうかを検討しましょう。
飼育スペースの確保
飼育スペースの確保ができるかどうかも重要なポイントです。
ケージやクレート・飲水器などは、1頭ずつ用意してあげましょう。
よくニュースでも取り上げられていますが、犬の多頭飼育が崩壊する原因の一つが、飼育スペース不足です。
2021年に、動物愛護法の改正が行われました。
そのなかでケージの大きさについて定められており、縦方向は体長の2倍以上、横方向は体長の1.5倍以上、高さは体高の2倍以上とされています。
多頭飼育崩壊について
多頭飼育崩壊とは、犬を含むペットを多頭飼育している飼い主さんが、無秩序な飼い方をした結果、経済的・労力的にトラブルを抱え、飼育ができなくなる状況を指します。
とくに、コロナ禍で新たにペットを飼ったものの、飼育困難となり放棄してしまうといったケースが増えています。
何頭までなら大丈夫なのかの指標はなく、あくまで飼い主さん次第です。
いくらかわいいからといって犬を迎え入れても、多頭飼育崩壊を招いてしまっては誰も幸せにはならないでしょう。
適正に飼育できる環境をしっかりと整えた上で、多頭飼いを検討することが大切です。
飼育時間の確保
まずは後住犬とのトラブル回避のために先住犬を優先させて、飼育時間を確保しましょう。
もちろん、後住犬をないがしろにしていいわけではありません。
仲がよければ、散歩の時間や遊ぶ時間が同時でも問題ないですが、仲が悪かったり、運動量が大きく違ったりする場合には、別々の時間に行う必要がなります。
費用
2019年のアニコム損害保険株式会社の調査によると、フード代やトリミング代・医療費を含めた、犬1頭にかける年間費用は約30万円となっています。
とくにケガや病気の治療費は、高額となる傾向があります。動物病院は、基本的に民間保険しかありません。
検査や治療内容にもよりますが、検査と治療を含めて1日で数万円かかってしまうこともしばしばです。
成犬を迎える際には、病気の管理も可能かどうかまで考えましょう。
また、子犬でも先天疾患を抱えている場合があるため、その費用も許容できるのか、よく検討してみてください。
多頭飼いのメリットとデメリット
多頭飼育では、単独飼育では感じられなかったような経験もできます。メリットおよびデメリットを理解して、迎え入れる準備をしましょう。
多頭飼いのメリット
家の中が明るくなることは最大のメリットといえます。これまで1頭のみであれば、なおさら感じるはずです。
性格も多種多様であるため、先住犬との犬同士の掛け合いを見るのも楽しいでしょう。
多頭飼いのデメリット
多頭飼育のデメリットは、先に挙げた「ルール」に加え、排泄の管理や病院にかかる時間・費用が倍になることです。
この仕事をしていると、正直ネグレクトを疑いたくなるような犬もたまに来院し、すごく心が傷みます。犬のネグレクトは虐待です。十分な食事を与えなかったり、病気の治療を放置したりすれば、命にも危険が及んでしまいます。
多頭飼育をする場合には、時間・労力・費用が倍になることを理解した上で、適切なお世話ができるかどうかを考えていただければと思います。
多頭飼いをする前に考えるべきポイント
ここまで、多頭飼いをする際に守るべきルールや注意点について述べてきました。
ここでは、もう少し詳しく各ポイントを押さえていきましょう。
同居に向く犬・向かない犬
後住犬の性格はなかなか分かりませんが、先住犬はある程度把握できていると思います。
先住犬の性格が穏やかで、ある程度ご家族の方とも距離を取れるようであれば、比較的後住犬に対しても寛容な傾向があります。
一方で、散歩でも他の人や犬に吠え続け、威嚇する性格の子は、後住犬とのトラブルが起きてしまうかもしれません。
また、お母さんにべったりで他の人には咬みつく子も同居は難しいでしょう。
それでも迎えたいという方は、一度トレーナーさんやブリーダーさんに相談してから検討しましょう。
先住犬の性別
一般的に、メス同士よりもオス同士の方がケンカをする傾向があります。
異性同士であれば比較的うまくいくと言われますが、性別よりも性格の方を重要視しましょう。
なお、異性同士となる場合には必ず避妊および去勢手術を行ってください。
以前、誤交配(不意の妊娠)の子が来院され、飼い主さんも悲しい思いをしたケースがありました。
感染症の有無
先住犬と後住犬を守るためにも、感染症には配慮しましょう。
ペットショップや保護施設はどうしても多頭飼育環境であるため、すべての感染症を根絶することは非常に困難です。
具体的には、犬パルボウイルス感染症や、回虫や原虫などの消化管内寄生虫疾患、ケンネルコフなどが挙げられます。
犬パルボウイルスは、子犬でとくに問題となるウイルス性疾患で、致死率が非常に高いです。
また、消化管内寄生虫疾患は、感染が重度でなければ症状が出にくいため、気が付いたらみんな感染していた、ということもあり得ます。
予防のできる病気はしっかりと予防を行い、大切なご家族を守ってあげましょう。
迎えたらまずは健康診断を
ペットショップからでも保護施設からでも、新たに犬を迎え入れたら、年齢に関係なくまずは健康診断を受けましょう。
健康診断の重要性については、こちらの記事を参考にしてください。
ペッツイート│犬の健康診断は必要?始める時期や頻度・注意点を解説
保護施設もかなり負担が大きいのが現状です。
なかには、年に1回の健康診断を必ず受けさせている団体もあります。
引き取る際には、基礎疾患と最後の検査がいつなのかを、必ず把握しておきましょう。
まとめ
多頭飼いを始めると、これまでの日常がさらに明るくなることでしょう。
しかし、後住犬として迎え入れる際には、考えなくてはならないこともたくさんあります。
先住犬との相性や飼育スペース・かけられる労力・時間・費用などを事前に検討しましょう。
いかがでしたでしょうか。
この記事を通して、多頭飼いに挑戦する方が増え、より幸せなペットライフを送れることを切に祈っております。
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