執筆者:大熊 真穂
獣医師。現在複数の動物病院で臨床獣医師として勤務しながら専門知識や経 ...プロフィールをもっと見る
犬を飼い始めたら、避妊手術(正式には不妊手術といいます)や去勢手術は絶対にしないといけないのかな…と悩んだことはありませんか?
- 愛犬に子供を産ませる予定はないけれど、手術をするのは怖い気がする
- 避妊手術や去勢手術って本当にした方がいいのか、色々情報を知っておきたい!
この記事は、そんな悩みをもつ飼い主様が、犬の避妊・去勢手術についての情報を知って、愛犬の手術をするか否かの判断材料にしていただける様に、わかりやすくまとめました。
オス犬とメス犬の発情について
犬種にもよりますが、犬はおよそ生後半年から1年の間に性成熟期を迎えます。
性成熟すると、オスはメス犬の発情期の臭いに反応し、いつでも繁殖行動が可能になります。
これは、子孫を残そうという動物の本能なので、トレーニングなどで抑えることは困難です。
一方、性成熟したメス犬には、卵巣から分泌されるエストロジェンという女性ホルモンの働きにより、約6か月~10ヶ月の発情周期(発情前期・発情期・発情休止期・無発情期)があります。
発情前期になると外陰部が大きくなり、出血がみられます。
ただし、出血量が少ない、犬が陰部を舐めてしまうなどの理由で飼い主が気づかないこともあります。
このように個体差はあるものの、出血があってから約10日後に排卵し、その後8日~14日の間はオス犬の繁殖行動を受け入れ、妊娠が可能となるのです。
避妊・去勢手術のメリット
望まない妊娠を防ぐ
避妊や去勢手術をしていない犬では、メスはおよそ年に2回妊娠可能な時期を迎え、その度にオスが反応します。
また、犬は多胎動物で、妊娠した場合は約2か月で子犬が産まれます。
避妊や去勢手術をする一番の目的は、望まない妊娠を防ぐことです。
避妊・去勢手術をしていないオス犬とメス犬を室内で一緒に飼育している場合は、発情が来るたびに交尾して、あっという間に増えてしまいます。
また、発情期の性衝動は動物の本能なので、外出時などちょっとしたタイミングで交尾してしまう可能性もあります。
発情期の間は、メス犬はドッグランなどに連れて行かないようにしましょう。
発情に伴うストレスからの解放
オス犬は発情期のメスがいるのに繁殖行動が抑えられるというストレス、そしてメス犬は発情に伴う体調の変化によるストレスを抱えることになります。
具体的には発情の時期は食欲が落ちる、そわそわして落ち着かないなどの症状があったり、メスの場合は発情が終わった後しばらくすると乳腺が張って乳汁がでる(偽妊娠といいます)こともあります。
避妊や去勢手術を行うことで、このようなストレスがなくなり、精神的に安定することが期待できます。
行動面の改善
未去勢のオス犬は生後半年くらいで足を上げて排尿するようになります。
この行動をさせないようにするには、足を上げる排尿姿勢をし始める前に去勢手術をすると効果がある場合が多いと考えられています。
また、オスによくある攻撃的な性格が、去勢をすることで少し落ち着く可能性があるともいわれますが、完全に改善するというわけではないので、過度な期待は禁物です。
病気を防ぐ
前立腺疾患や子宮蓄膿症などの性ホルモンが関与している病気を、未然に防ぐことができるのも大きなメリットの一つです。
オスの病気の例
前立腺疾患
特に多いのは良性の前立腺肥大症です。
加齢に伴って前立腺が大きくなり、尿道や直腸を圧迫することで、排尿困難や排便の異常が現れます。また、前立腺肥大に伴い前立腺嚢胞、前立腺膿瘍、前立腺炎などが起こることもあります。
犬にも前立腺腫瘍があり、性ホルモンに関与するタイプとそうではないタイプがあるのが特徴です。
また、前立腺の腫瘍はほとんどが悪性で、骨や主要な臓器・リンパ節に転移し、予後不良となります。
精巣腫瘍
犬の精巣腫瘍は特に10歳以上の未去勢のオス犬に多い病気です。
また、精巣が陰嚢内に下降せずに腹腔内や鼠径部の皮下に停留している場合は、高温の環境により腫瘍化することが多いので、1歳を過ぎても停留したままの場合は、早めに去勢手術をするようにお勧めしています。
肛門周囲腺腫
未去勢のオス犬に多い良性の腫瘍です。
肛門周囲にできる腫瘍で、何個も同時にできる場合があります。
アンドロジェンという男性ホルモンが関与しているため、腫瘍を切除する際には再発防止のため去勢手術を行うことが一般的です。
会陰ヘルニア
直腸壁を支えている骨盤滑膜という筋肉群が、加齢やホルモンの働きにより薄くなり穴が開いて、その筋肉の間から皮下に向かって骨盤腔内の臓器などが飛び出してしまう病気です。
会陰部(肛門周囲のことをいいます)が腫れ、飛び出した臓器が直腸の場合は直腸が屈曲するので便が溜まって排便困難やしぶりが発生します。
また、膀胱や前立腺が飛び出してしまい尿道を圧迫して排尿困難になった場合は、命に関わるので緊急手術が必要です。
メスの病気の例
乳腺腫瘍
犬の腫瘍の中でも乳腺腫瘍は非常に多い腫瘍です。
しかし、最初の発情が来る前に避妊手術をすることで、乳腺腫瘍の発生率は0.05%に抑えられるというデータがあります。
また、乳腺腫瘍には良性と悪性があります。
悪性と良性の確率は半々、つまり半分は良性で半分は悪性です。
悪性の場合は、腫瘍そのものがどんどん大きくなり、表面が破れて出血したり漿液がでたりすることが多く、最終的には肺に転移するので、生活の質が非常に落ちてしまいます。
子宮蓄膿症
子宮内膜に細菌が感染し、子宮内に膿が溜まる病気です。
プロゲステロン(黄体ホルモン)という女性ホルモンの影響で、子宮内膜が腫れて感染しやすい状態になることが原因です。
症状は多飲多尿や食欲不振、嘔吐などで、重篤な場合は敗血症を起こして死亡するケースもあります。
避妊手術と同じように子宮卵巣摘出術を行いますが、犬の健康状態が悪い時に行うので避妊手術よりも非常にリスクが高い手術になってしまいます。
避妊・去勢手術のデメリット
太りやすくなる
オスもメスも術後に太りやすくなる傾向があります。
多くは発情によるストレスが無くなって食欲が増え、愛犬の催促に飼い主が耐えられずにおやつやフードを必要以上に与えてしまうことが原因です。
また、運動量が減ることや、代謝が落ちることも太りやすくなる原因のひとつです。
肥満を防ぐためには、飼い主がしっかり食事をコントロールし、必要以上に与えすぎないことや、食事を低カロリー・低脂肪のものに変更するなどの工夫が必要です。
尿漏れ(尿失禁)が起きるリスク
ある調査データでは、避妊手術を行った約300頭のメス犬の3.5%に手術後1か月~7年で尿漏れ(尿失禁)が見られたという結果があります。
また、大型犬では術後1割が尿漏れ(尿失禁)が見られたというデータもあります。
手術との因果関係が確実にあるかどうかは不明ですが、このように避妊手術後のメス犬には、尿漏れ(尿失禁)が起こるリスクがあることは理解しておきましょう。
縫合糸のアレルギー反応が起きる可能性
手術の際には出血を防ぐために血管を糸で結紮する必要があり、
糸のアレルギーによる縫合糸反応性肉芽腫などの炎症性の反応が起こることがあります。
最近では、シーリングシステム(血管などを圧着して糸を使わずに安全に止血・切断できる機械です)を使って避妊や去勢手術を行う病院が増えています。
避妊・去勢ってどんな手術?費用は?
避妊・去勢手術は全身麻酔をして行います。
全身麻酔はリスクがゼロというわけではないので、麻酔のリスクを最小限に抑えるために、術前には血液検査などを行い、安全に麻酔をかけられる状態かどうかをチェックします。
避妊・去勢手術について
メスとオスでは手術の方法が異なります。
メスの場合は腹腔内にある子宮と卵巣を摘出する手術を行うため、開腹手術を行います。
術式は子宮卵巣摘出術が一般的です。
また、腹腔鏡を使って避妊手術を行う病院もあります。
オスは精巣を摘出するので、基本的には開腹手術ではありません。
しかし、潜在精巣といって腹腔内に精巣が残っている場合は、メスと同じように開腹手術を行います。
手術時間は術部の毛刈りや消毒を含めて20分~60分位です。
避妊・去勢手術の費用
動物病院での治療費は、法律により一律にしてはいけないという決まりがあります。
そのため、手術費用は各病院の判断で決めています。
また、体重によっても手術の金額は異なりますが、およその目安で避妊手術が3万円~10万円、去勢手術が2万円~5万円くらいです。
動物病院によって金額は異なるので、術前にかかりつけの動物病院で確認しておくと安心ですね。
避妊・去勢手術をする時期は?
乳腺腫瘍の発生率を抑える目的を考えると、メス犬は最初の発情の前(概ね生後6か月くらい)に行うことをお勧めします。
オス犬もメスと同じくらいで行うのが一般的ですが、足を上げて排尿姿勢をとる場合は早めに手術をお勧めすることもあります。
避妊・去勢手術、よくある飼い主さまからのリアルなご質問とお返事
勤務先の動物病院で実際に飼い主様より頂いたご質問をまとめてみました。
Q:痛くないですか?
A:麻酔前投与や状況に応じて痛み止めを使用しますが、手術後当日はやはり少しは痛いと思います。だいたい翌日には元通りに元気になる子が多いのですが、3日くらい元気がない子もいます。
Q:術後はお散歩しても大丈夫ですか?また、シャンプーはいつからできますか?
A:手術当日は避けていただいて、傷口が汚れないように注意していただければ翌日からお散歩も可能です。シャンプーは抜糸してから1週間くらい経ってからの方が安心です。
Q:出産をさせれば病気にならないと聞きましたが本当ですか?
A:出産を経験していても、性ホルモンが関与する病気になる可能性があります。
Q:手術をしなくても高齢になれば妊娠できないですよね?
A:犬は高齢になっても発情期があるので、妊娠する可能性はあります。ただし、母体にかなり負担がかかる上に流産や難産になる場合があるので妊娠させないようにしましょう。
Q:うちの子に子供を産ませてみたいです!
A:実は、出産後にお母さん犬が子犬の面倒をみないケースもあります。
その場合は、子犬の授乳や排尿・排便のお世話を飼い主様が行うことになりますが、お世話する方は確保できますか?
Q:避妊(去勢)手術は絶対に安全な手術でしょうか?
A:術前に検査をして問題がなければ手術を行います。
麻酔をかける以上、100%安全とは言えません。リスクはゼロではないのでご了承いただいたうえで手術を行います。
避妊・去勢手術ってした方がいいの?
どんな事にもメリットとデメリットがあります。
個人的な話ですが、わたしはメリットの方が大きいと考えて、自分の飼っている愛犬や猫、そしてウサギには避妊手術や去勢手術をすることを選択してきました。
勤務先の動物病院でも、飼い主様にご相談を受けた場合は避妊・去勢手術をお勧めしています。
しかし、「健康な体にメスを入れるのは嫌です」という飼い主様もいらっしゃいます。
ペットは大切な家族の一員です。
愛犬と飼い主様にとって一番よいと思う選択をなさって下さいね。
この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。
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