執筆者:今井 貴昌
日本獣医生命科学大学卒。地方の動物病院と都内のグループ動物病院で数年 ...プロフィールをもっと見る
みなさんの愛犬が急に下痢をしたり、なかなか良くならなかったりすると不安になりますよね。
子犬の時期だけでなく、成犬でも慢性的に下痢をして、体重が減少する場合には要注意です。
とはいえ、下痢の原因は多岐にわたります。
この記事では、臨床現場で遭遇することが多い病気や、気を付けるべき病気について解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
そもそも下痢とは
正常な便に含まれる水分の量は約70%程度です。
これに対して、水分を80%以上含む場合を「下痢」と呼びます。
水分が90%以上になると便は水のようになります。
下痢は、なんらかの異常によって小腸や大腸で水分を十分吸収できなかったり、腸管へ水分が出てきたりすることで起こります。
糞便スコア
一言で「下痢」といっても、軟便なのか水様性下痢なのかによって、治療内容が異なります。
愛犬の糞便がどのような状態なのかを見分ける客観的な指標として、以下にリンクを貼りましたので、参考にしてください。
おおまかでもよいので、糞便の状態を動物病院で伝えると、愛犬の状況がより的確になります。また、写真も撮っておきましょう。
下痢の分類
下痢は発症してからの時間により、大きく「急性」および「慢性」に分類されます。
また、便の性状により、「小腸性」か「大腸性」かに分けられます。
一般的に慢性下痢は3週間以上、下痢が継続している場合を指します。
小腸性か大腸性かの分類において、重要な所見として自身が気を付けているのは、色と粘液・便の回数です。
小腸性であれば、血液が混入している場合には、「黒色便」(タール便、メレナとも)が生じますが、大腸性の場合は鮮血便となります。
また、便の回数も特徴的であり、大腸性下痢の場合には少量頻回となるケースがほとんどです。
さらに大腸性下痢の特徴として、粘液便あるいはそこに血が混じった粘血便が挙げられます。
下痢となる代表疾患
ここからは下痢の代表疾患について、簡単に解説していきます。
ただし、下痢の原因はこれだけではありませんので、自己判断せず、必ず獣医師の判断を仰いでください。
パルボウイルス感染症
子犬の下痢でもっとも死亡率が高いのは、パルボウイルス感染症です。
最近は、ペットショップやブリーダーの質もかなり向上しているため、発生は少なくなりました。
それでも、新しく子犬を迎え入れて間もなく発症し、死亡するという悲惨なケースもまだ存在します。
子犬がひどい水様性下痢や下血をするようであれば、すぐに動物病院で調べてもらいましょう。
また、子犬の時期には、消化管寄生虫に感染していることもしばしばあります。
ペットショップやブリーダーもしっかり駆虫薬を飲ませて対策している所がほとんどですが、完全な根絶は困難です。
寄生虫感染の場合は、下痢をしないこともありますので、子犬を迎えたらまずは動物病院にて糞便検査をしましょう。
一過性の大腸性下痢
成犬でも子犬でも、人と同じようにお腹がもともと弱い個体はいます。
ちょっとしたストレス、フードやおやつの変更などにより、一過性に下痢をしてしまうことはよくあることです。
ただし繰り返しになりますが、下痢の原因はさまざまであり、重篤な疾患が隠れていることもあるため、自己判断せずに動物病院に行きましょう。
急性膵炎
膵臓は、胃から十二指腸にかけて隣接する臓器で、消化酵素やインスリンなどのホルモンを分泌します。
急性膵炎の根本的な原因はまだ分かっていませんが、場合によっては重篤化し、死に至ってしまうこともある恐ろしい病気です。
とくに、下痢に加え、嘔吐や食欲不振・元気消失といった症状が伴うようであれば、しっかり検査を受けることを強くおすすめします。
慢性腸症
「慢性腸症」は、獣医療において、近年提唱され始めた概念です。
これまでは、炎症性腸疾患(IBD)という病名がついていた疾患も、慢性腸症に当てはめられ、分類されてきています。
慢性腸症の定義は「3週間以上の慢性的な消化器症状(嘔吐、下痢、腹鳴、腹痛、吐き気、食欲不振、体重減少など)を呈し、なおかつスクリーニング検査において原因の特定に至らない消化器疾患」とされています。
慢性腸症は、さまざまな検査を行っても原因不明の場合に診断されるため、診断までに費用と時間がかかる厄介な病態です。
しかし、実際の臨床現場で遭遇することはかなり多く感じています。
慢性腸症は、さらに食事反応性腸症(食事で症状が改善)、抗菌薬反応性腸症(抗菌薬で症状が改善)、免疫抑制薬反応性腸症(免疫抑制剤で症状が改善)、治療抵抗性腸症に分類されます。
上記に加え、内視鏡検査にて腸リンパ管拡張症やリンパ腫といった疾患も発生に関与してくるため、理解困難となってしまう飼い主さんがほとんどです。
おそらく診察室内で獣医師の言っていることを理解するのは難しいため、通院しながら少しずつ理解を深めていきましょう。
腫瘍性疾患
成犬やシニア犬で慢性的に下痢をする場合には、必ず腫瘍(がん)を疑わなければなりません。
腹腔内に生じる腫瘍は、かなりの数があるためすべて列挙できませんが、共通して言えるのは、慎重な経過観察と治療が必要であるということです。
とくに、消化器型リンパ腫は上述の慢性腸症の病態にも絡んでくるため、診断に苦慮することも少なくありません。
その他
その他、異物誤食、膵外分泌不全、内分泌疾患、腎臓病などでも下痢となることがあります。
異物誤食は、開腹して初めて確定診断がつくため、愛犬の誤食癖も正直に伝えることが非常に重要です。
膵外分泌不全は、脂質の消化に必要な消化酵素が膵臓から分泌されず、瘦せてしまう病気です。
内分泌疾患の代表としては、甲状腺機能低下症や副腎皮質機能低下症が挙げられます。
腎臓病の代表的な疾患は、慢性腎臓病です。
とくに慢性腎臓病は、健康診断などにおいてもルーティーンで計測する項目で診断できるため、5歳を迎えた頃くらいから健診を検討しましょう。
下痢の診断に必要な検査とは
このように、下痢にはさまざまな原因が考えられるため、適切な検査を行い治療する必要があります。ここでは、代表的な下痢の検査法について解説します。
糞便検査
臨床現場における糞便検査には、大きく直接塗抹法と浮遊法、抗原検査、便染色があります。
とくに子犬で、パルボウイルス感染が疑われる場合には、必ず抗原検査を受けましょう。
また子犬では、直接塗抹法や浮遊法で寄生虫に感染していないのかの確認も行いましょう。
一般的に便染色は、膵外分泌不全を疑うケースで行われますが、診断精度は高くありません。
血液検査
血液検査ではさまざまな病気が発見されます。
急性膵炎や膵外分泌不全、慢性腎臓病などに加え、全身の状態把握のためのスクリーニング検査として利用します。
X線検査
X線検査は、明らかな腹腔内の腫瘍や腹水の診断に有用です。
また、単純X線検査は、検査時間が短く動物に負担があまりかからない検査です。
異物誤食を疑う場合には、消化管造影検査を勧められることもあるでしょう。
この場合は、1日かけて何度もX線写真を撮る必要があります。
超音波画像検査
この検査では、消化管蠕動運動の状態や腹水の有無、各種臓器の構造的な評価を行います。
犬の全身状態を把握するうえでかなりの情報が手に入るため、自分は下痢を繰り返す犬では必須の検査として行っています。
内視鏡検査
全身麻酔下にて口や肛門からスコープを通し、場合によっては組織を採材することで診断に繋げます。
とくに、慢性腸症における腸リンパ管拡張症やリンパ腫などの診断に有用です。
CT検査
一般的にCT検査は、慢性下痢の原因追及としては行われません。
上記の検査で腫瘍が発見された場合や、異物誤食をどうしても否定したい場合に行われます。
原因別の下痢の治療
下痢の治療方法について、原因別に確認していきましょう。
パルボウイルス感染症
残念ながら特効薬はありません。
他の犬に感染させないために、隔離入院下にて静脈輸液と経口栄養補給などの支持療法で耐荷させます。
1週間ほどでパルボウイルスに耐えられるようになれば一安心ですが、来院する子犬は症状が重篤な場合がほとんどであるため、死亡率の高い病気です。
ワクチン接種で予防できますが、母犬からの移行抗体によりワクチンフリーとなることもあるため、子犬の時期には複数回のワクチン接種が必要です。
寄生虫感染
臨床現場で遭遇することが多い消化管寄生虫は、原虫、線虫、条虫類に大別されます。
いずれも駆虫薬があるため、しっかりと駆虫薬を飲ませましょう。
しかし、中には頑固に生き残る虫もいるため、複数回の治療が必要となることもあります。
急性膵炎
この疾患も特効薬はありません。
基本的には、入院下にて静脈点滴と各種薬剤投与が必要です。
近年、犬用急性膵炎治療薬として農林水産省から認可が降りた薬剤もあるため、それらを併用しながら治療しますが、なかには治療反応が悪く、死亡する症例もあります。
また、入院日数は症例によりさまざまであるうえ、再発もしやすいため、自己判断せず必ず獣医師の判断を仰いでください。
慢性腸症
近年提唱されてきた治療の流れとしては、まずは食事の変更から行われます。
とくに、おやつを色々与えている場合には要注意です。
低脂肪食や低アレルゲン食に変更しても治療反応が悪ければ、抗菌薬の投与を開始します。
それでも治療反応に乏しい場合には、内視鏡検査に進み、リンパ腫が否定されれば、ステロイドなどの免疫抑制剤を投与します。
この疾患の多くは、一生涯にわたる治療が必要となるでしょう。
腫瘍性疾患
腹腔内腫瘍は、発生部位によっては外科治療が第一選択となる場合があります。
また、腫瘍の種類によっては抗がん剤を用いることもありますが、治療反応は往々にして乏しいとされています。
とくに、高悪性度の消化器型リンパ腫は抗がん剤による合併症の懸念もあるため、残念ながら予後不良です。
その他の腫瘍も、最終的には抱えて生きていくことを余儀なくされることもあるでしょう。
まとめ
犬の下痢には、恐ろしい病気が隠れていることもしばしばあります。
そのため、獣医師は健康のバロメーターとして下痢や嘔吐、食欲の有無を必ず確認しています。
下痢の原因は多岐にわたり、その原因により対処法が異なるため、まずは動物病院に行きましょう。
また、再発のおそれや生涯治療が必要なケースも多いため、自己判断で治療をやめたりしないでください。
いかがでしたでしょうか。
この記事を通して、みなさんが愛犬と幸せなペットライフを送れますことを切に祈っております。
参考
犬と猫の治療ガイド 2015
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