執筆者:大熊 真穂
獣医師。現在複数の動物病院で臨床獣医師として勤務しながら専門知識や経 ...プロフィールをもっと見る
療法食は、獣医師の指導のもとで食事管理に使用される目的で作られています。
しかし、現状は動物病院以外でも、インターネットや大型のホームセンターなどで簡単に手に入れることが可能です。
この記事では、市販の療法食は購入しても問題はないか、購入する際にはどのような点に気をつけるべきかを詳しく解説します。
市販の療法食は購入しても大丈夫?
飼い主さまが市販の療法食を購入するケースとして、以下の2つが考えられます。
- 愛犬の健康を気遣って飼い主さま自身の判断で療法食を購入する
- 獣医師の指導により動物病院で療法食を購入していた(いる)が、市販のものを購入する
それぞれのケースに分けて、市販の療法食を与えても問題ないのかを解説します。
自己判断で療法食を購入して与えるのはNG
診察を受けることなく、飼い主さま自身の判断で療法食を与えることは、愛犬に健康上のトラブルが発生する危険性があるため避けましょう。
療法食は「特定の疾病または健康状態にあるペットの栄養学的サポートを目的に、獣医師の指導のもとで食事管理に使用されることを意図したもの」という目的と基準のもとに作られています。
そのため、療法食は必ず獣医師の指導のもとで使用しなければなりません。
太らせたくないという理由で適正体重の愛犬に減量用の療法食を与える、尿石再発防止のために愛犬に療法食を与え続けて腎機能が悪化したなど、飼い主さまの自己判断による療法食の使用が原因のトラブルが報告されています。
参考:療法食の適正使用に向けた課題と対応 公益財団法人 日本獣医師会
療法食の誤った使用が原因だと思われるトラブル例
注意喚起の意味で、勤務先の動物病院で実際にあったケースをお伝えします。
軟便をした子犬の飼い主さまが、消化器症状を抑えるために療法食をインターネットで購入して与えたところ、さらに症状が悪化し下痢がひどくなった
子犬の下痢はさまざまな原因が考えられるうえに、成長期は免疫が不安定なため般状態が一気に悪化するおそれがあります。
健康診断の結果でBUNの値がやや正常値より高いことがわかった成犬の飼い主さまが、自己判断で腎臓用の療法食を与えていたところ、体重が減って一般状態が悪化した
腎臓用の療法食はタンパク質やリンを制限している食事のため、健康な成犬には栄養不足になる可能性があります。
BUNは血中尿素窒素(blood urea nitrogen)の略で、タンパク質が体内で代謝されたあとにできる老廃物で、腎臓の働き等の指標のひとつです。
BUNは腎臓がダメージを受けている以外に、タンパク質を多く含む食事を食べている場合や軽度の脱水でも上昇することがあるため、ほかの検査データや尿検査等とあわせて総合的に判断する必要があります。
獣医師の指示で使用している療法食を動物病院以外で購入する場合は?
獣医師の指示のもとで療法食を与えており、市販の療法食を購入してもよいかどうかは判断が難しいのが正直な回答です。
その理由は、同じ製品でもどのような管理をしているのかが不明で、安易に「大丈夫」とはいえないからです。
しかし、どうしても必要なのに時間的な理由で動物病院に行けず市販の療法食を買わざるを得ない場合や、外出するのが難しい場合もあるでしょう。
次章では、そのようなときに気をつけるべきことをお伝えします。
市販の療法食を購入する際に気をつけるべきこと
動物病院へ行くのが難しく、やむを得ず市販の療法食を購入する際に気をつけたいことは以下の2つです。
製品管理が信頼できるところを選ぶ
動物病院で購入している療法食と同じ製品であっても、どのような管理をしているかがわからないところで購入するのはおすすめできません。
市販の療法食を購入する場合におすすめの購入先は以下のとおりです。
- 動物病院が併設しているペットショップやホームセンターなど
- 動物病院が運営しているサイト
もちろん、上記以外でもしっかりと管理をしているところはあると思います。しかし、上記以外の経路で市販の療法食を購入した飼い主さまから「開封したらいつもよりもドッグフードの匂いがきつくて、犬もまったく食べない」「フードが脂っぽくなっていて本当に同じ製品なのか心配になった」という話を何度も伺いました。
なお、ドライフードは酸化しやすいため、特に市販の療法食を購入する場合は、長くとも愛犬が1か月以内で食べきれる容量のフードを購入しましょう。
定期的に動物病院で診察を受ける
療法食の誤使用で起こった問題のもっとも典型的なパターンは「最初に動物病院で指導を受けて購入したあと、そのまま長期間継続して療法食を購入した」ことです。
そうしたトラブルを防ぐためにも定期的に診療を受け、愛犬の現状にあった療法食かどうかを確認する必要があります。
今後は療法食の販売環境が変わる!?
療法食が手軽に購入できることが原因で問題が発生している現在の状況は、獣医師や動物医薬品販売を手がける業界の大きな課題です。
かかりつけの動物病院の依頼により飼い主さまのお宅に直送で療法食を送るサービスや、各動物病院専用の販売サイトを飼い主さまに提供するなどの対策を講じたものの、現状はあまり変わっていません。
そのため「療法食と関連一般食等をメーカーの許可を受けた認定オンライン販売事業者のみがインターネットサイトで販売することを許可する」取り組みをはじめる動物医薬品販売業者が現れました。
今までよりも療法食を販売する際のハードルが高くなることで、療法食の適正利用を推進しようという試みです。
この制度は2024年の冬ごろからスタートする予定で、今後は他メーカーも同様の対応を始める可能性があります。
参考:ロイヤルカナン ベテリナリーヘルスニュートリション製品 認定オンライン販売事業者の公募要項
療法食についての基準や法律は?
療法食に関する基準や定められている法律について、国内と海外に分けて解説します。
国内の基準や法律
日本のペットフードに関する法律は「愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律(ペットフード安全法)」と「ペットフードの表示に関する公正競争規約」の2つで定められています。
このうち、療法食については「ペットフードの表示に関する公正競争規約」により、総合栄養食、間食、その他の目的食と共に、目的と基準、給与方法の記載などが定められています。
療法食の目的と基準 | 栄養成分の量や比率は調整され、特定の疾病又は健康状態にあるペットの栄養学的サポートを目的に、獣医師の指導のもとで食事管理に使用されることを意図したもの。 |
療法食の給与方法の記載 | ・治療を補助する目的で、どのくらいの量を1日に何回与えるかを表示する。そのため、体重と給与量の目安、および1日あたりの給与回数などを表示する。 ・「獣医師の指導のもとに給与」する旨の記載が必要。 |
栄養特性に関する基準
「食事療法が適用となる特定の疾病または健康状態」とは、具体的には以下の項目です。
- 慢性腎機能低下
- 下部尿路疾患(尿石症)
- 食物アレルギーまたは食物不耐性
- 消化器疾患
- 慢性心機能低下
- 糖尿病
- 慢性肝機能低下
- 高脂血症
- 甲状腺機能亢進症(猫のみ)
- 肥満
- 栄養回復
- 皮膚疾患
- 関節疾患
- 口腔疾患
上記の事柄において重要な栄養特性は「栄養特性に関する基準が定められた療法食リスト」にまとめられています。このリストはヨーロッパの法規制を参考に、ペット栄養学会の監修のもとで獣医療法食評価センターによって作成されました。
なお、獣医療法食評価センターとは、療法食基準の整備や療法食の評価と普及、食事療法指導の支援、飼育者に対する教育啓発などを目的としている非営利の第三者組織です。
海外の療法食の状況
アメリカ
ペットフードについては人間の食品と同等の衛生管理等の法律はありますが、療法食については法律の規定はなく、FDA(米国食品医薬品局)の指導のもとで事業者の自主的な取り組みに委ねられていました。
しかし、療法食の適正使用の確保に向けて、市場への注意喚起を意図した指針が2016年に発表されました。
その要点は以下のとおりです。
- 獣医師の指導に基づく購入・使用の徹底
- 製品表示に医薬品的な表現を含まないこと
- 獣医療にかかわる製品関連情報は獣医療の専門家のみに提供されること
ヨーロッパ
1994年に療法食の栄養特性に関する法律が制定され、特定の栄養目的に関し、対象動物、栄養特性、表示、使用上の注意等をまとめたリストが作成されました。
法律は2008年に改訂され、その後も新しい用途の追加や数値基準の導入などが進められています。
医薬品のような事前承認制度ではないものの、市場の製品が法律の要件に適合しない場合は、規制当局による指導・改善等の指示がなされます。
オーストラリア
APVMA(オーストラリア農薬・動物医薬品局)は、2005年に療法食についてガイドラインを公表しました。
ガイドラインのなかで療法食は「獣医師の監督のもと使用または使用することを意図したペットフードで、特別な状態の予防・処置・治療・緩和・回復において、有益な成分を提供するために配合または表示されるもの」と定義されています。
また、療法食(治療用に特別に配合または使用されるもの、製品ラベルに治療等に関する表示のあるもの)は事前登録を必要とする制度を導入しています。
療法食のルーツ
療法食は、1930年代後半にアメリカニュージャージー州の動物病院でマーク・モーリス獣医師が腎臓病の犬のために開発したレシピが食事療法の始まりだといわれています。
動物病院内のキッチンで特別な栄養素性の食事を安定して大量に作ることは難しいため、缶詰工場を経営していたバーモン・ヒルに製造を委託し、1948年に初めての商業用製品として腎臓用の療法食プリスクリプションダイエットk/d®が誕生しました。
なお、日本においては療法食の本格的な導入は1970年代です。
【まとめ】市販の療法食は獣医師の指導のもとで与えることが大切
療法食は、獣医師の指導のもとで食事管理に使用される目的で作られたフードです。
しかし、現状は誰でも簡単に購入できるため、療法食の誤使用による健康トラブルが多発しています。
このような問題を防ぐため、療法食を使用する際には、獣医師の診察や定期的なチェックを受けてから購入することが大切です。
また、市販の療法食を購入する際には、動物病院が運営しているサイトなど、製品管理が信頼できるところから購入しましょう。
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